その昔、私がウチの娘くらいの頃(30数年前…ですね)、私の母がヨガを習い始めました。多分、公民館のようなところで。1度だけついて行ったような、薄らとした記憶があります。
ある日、小学校から帰宅すると、ちょっと嬉しそうな母が「チャンスの女神様って、前髪しかないんだって!」と言ってきたのを覚えています。聞くと、ヨガの先生がお話してくれたのだ、と。
チャンスが来た時にパッとつかまないと、過ぎ去った後につかもうとしてもつかめないよ、ということを伝えたかったのでしょうが、小学生の私には「前髪しかない女神様って・・・なんか気持ち悪いな」という印象が強すぎて。でも、なんとなく心に残っていました。
他にも金縛りにあった時に唱える呪文とか、母がヨガの先生から習った言葉は私の中に残り続けている言葉があります。
ちょうど、某宗教がヨガを取っ掛かりに信者を集めているという話が出てきた頃で、幼いながらに「お母さん、大丈夫かな?」なんて心配していたのですが、のめりこむわけではなかったにしろ、教室に通うのをやめてからもずっと自宅でコツコツとヨガを続けている母を、誇らしく思います。
そして、ヨガの先生が30数年前に教えてくれた言葉が、私にとってなんとなく言葉のお守りになっていると思うと、言葉の力ってすごいなと、改めて思います。何かをする時、ちょっと勇気がいる時、「前髪!」と思ってとりあえずやってみようと思えるのは、この言葉のお守りがあるから。
母が30年前に始めたヨガ。ヨガの親戚のようなピラティスを始めた私。なんだかんだ、自分が小さい頃に見ていた母の姿を再現しているような時があります。梅ジュースを作ったり、手芸をしたり。
海の近くに住む私は、海から見る夕景が大好きで、よく娘を誘って夕方の海に行くのですが、娘も子供を産んだら、その子と一緒に夕景を見にいったりするのかな?なんて想像してしまいました。
夕焼けを見た海辺からの帰りの坂道で、いつもこの景色を見ます。夜に近づいた空、遠くに富士山、ヤシの木の黒い影。美しい景色だなと思いながら自転車を走らせていたら、娘が「黒いパームツリーと富士山と空が綺麗だね!」と全く同じ感想を言っていて、なんだか涙腺が緩んでしまいました。愛しい瞬間でした。
Bình luận